エピソードトーク・第2話

ワークアズライフ・女の人生前半編

2018年 12月16日(日)開催

※この文章は「エピソードトーク講演会 第2話 」にてお話しいただいた内容です。

エピソードトーク講演会についてはこちら


講演者

リラクゼーションサロン シプレーセラピスト 上田綾子 さん

レイディアントコミュニケーション・デザイナー 大谷まどか さん

仕事・ 結婚・出産・育児と、目まぐるしく環境が変化した20~30代で体験した「迷いと決断の日々」をありのままお話しいただきました。 

大谷まどかさん(左)・上田綾子さん(右)

※以下、大=大谷、上=上田に省略

◆独身編

大谷:2人の出会いは独身時代。綾子ちゃんは既にセラピストとして独立していて、私は会社員でした。綾子ちゃんの会社員や独身時代はどんな感じだった?

上田:フェイシャルサロンで、化粧品の販売を8年やっていました。やりがいは全く感じていませんでしたけど、給料はよかったです。結婚は考えていなくて、自由な時間をとられる、他人と暮らすのは無理、家事できない、というイメージでしたね。

18歳から金沢で一人暮らしをしていたので、人と暮らすのは150%無理だと思っていました。今となっては、人間ってちゃんと環境に適応するんだなって。

仕事で精神的なストレスがあったので、アロマサロンに行くのが日課でした。そこで、自分もボディケアの仕事ができたらいいなと思い、アロマとボディケアの2つのスクールに通って資格を取りました。

どうしてもやりたかったので、今しかないと唐突に会社を辞めました。富山県出身で石川県には人脈もないし、ボディの施術経験もない状態でした。

大谷:出会ったときは独立してどれくらいの頃だったんだっけ?

上田:開業して半年くらいで、何もわからずにいたころかな。

大谷:私は当時、建設コンサルタントの会社員でした。その後2~3回転職して現在に至ります。当時の職場は、男性も女性も違いのない働き方ができる職場で正社員でした。電車で通勤するいわゆるサラリーマン。

当時は若かったので、あいまいなことがあると「グレーゾーンって何ですか?」と血気盛んだったので、社会に納得できないことを受け止められずによく苦しんでいましたね。上司には申し訳ないほど付き合ってもらいました。

そんなころ、あるコミュニティで綾子ちゃんと出会ったんです。そこで、美容師や整体師など、会社員以外の職業の方と交流するようになり、自営業も素敵な選択だなぁと。分野は決めていなかったけど、漠然といつかは独立するのもいいなぁと描いていました。

やりたいことはすべて自由に時間を使える独身時代でした。めっちゃ遊んだし、めっちゃ学びに行ったし、休日はほとんど家にいない活動的な独身時代でしたね。サラリーマン時代に、ちょっとくすぶっていたのは共通かもね。

◆結婚編

大谷:今回は「女の人生」ということで、次は「結婚」の話題。結婚を機にいろいろ変わったよね~という話ですね。旦那さんとは付き合いは長かったの?

上田:4年ほど付き合っていました。決断力のない男で、私から結婚は言いました。2014年だから4年前かな。そのまま10年とか付き合いそうな雰囲気でしたね。

新婚生活感は全然なかったんです。結婚したのが10月。当時は1人暮らしのアパートで、メインの一番広い部屋をサロンにして営業していました。

あとは寝室があるだけの間取りだけど、2人で暮らす広さもないので、旦那さんも平日は別々で、週末だけ来るような感じ。料理もする気がなかったので、外食がメインでした。

12月には妊娠がわかり、つわりがしんどくなって、強制的に営業ストップすることになりました。なので、2人の新婚生活というのはなかったですね。

大谷:私は結婚に焦っていたころは、レイディアントを開業したばかりのころでした。生計を立てるほどではなかったので、他の仕事にも就いていました。すごく結婚したいのに相手がいなくて、合コンに行ってもうまくいかない。

大学生になっても「将来の夢はお嫁さん」と言い続けてきたくらい、マジでお嫁さんになりたかったんで、「あれ?どこに行ったら結婚できるの?」という感じでした。

でも、いい時代でね。スマホアプリで旦那さんと出会いました。合コンで気になっていた人に彼女ができたことを知って、腹いせっていうとなんだけど、その勢いでアプリを始めました。

異性とのやりとりは、もはや婚活という名の作業でしたね。何人も同時にメッセージをしたり、会ってみたりして、3ヵ月ほどで今の旦那さんに決めました。

付き合うときに、結婚する気がないと判断したら別れましょうと最初に伝えていました。半年ほど付き合って、プロポーズをいただき、出会った日のちょうど1年後の同じ日に、入籍と結婚式をしました。結婚したというか、させたというか、成し遂げたというか(笑)

なので、結婚式の段取りもたった3ヵ月。結婚式場でのバイト経験があったので、打ち合わせも段取りよく進めていきました。自分のやりたかった結婚式120点が実現して、とっても楽しい日になりました。

ここでの2人の共通点は、「いい旦那さんもらったよね~」ってことだね。

上田:うんうん♡

◆妊娠編

大谷:綾子ちゃんは、妊娠が思いがけず早かったけど、それからはどうだった?

上田:妊娠前は、仕事をがむしゃらにやっていたけど売上が少ないので、昼間はサロン、夜はホテルでスパのアルバイトを週5くらいでやっていました。もはやそっちがメインかってくらい。

技術も磨けるし、お金ももらえるしと、1日8人とか対応していました。家に帰って死んだように眠り、朝起きて、サロンのお客さんに対応して、SNSで広報発信をして、という日々が2年くらい続きました。

そこに、妊娠とつわりで突然終止符が打たれたと。この世の終わりかと思うくらいつらくて、2回ほど泣きました。お客様にも妊娠してしまったのでと、キャンセルの連絡をしました。

大谷:そこ、「妊娠してしまった」なのね(笑)

上田:赤ちゃんの心臓が動いている~とかもちろん嬉しかったんだけど、仕事を頑張っていた分ショックも大きくて。

ようやくついたリピーターさんも心配だったし、セラピストという仕事は子供がいながら両立できるのかも疑問だったし、ゴールが見えない休みでお客様が離れるという不安がありました。

静かな空間でリラックスする時間を提供しているので、お金をもらう以上、お客様がいいよと言ってくれても、子供が横にいる状態での施術は自分が許せないって思っていました。

赤ちゃんがかわいいという気持ちと、せっかくここまでやってきたのにという絶望とが入り混じる気持ちになり、とってもネガティブになりました。

冬だったので、ヒーターの前でチーンとなっていました。求人誌をみながら「私はもう工場で働くしかないんだ・・・」って。

(会場爆笑)

自営業は無理だと当時は諦めていました。だけど、2ヵ月のつわりが終わり、体の調子が戻ってくると、心の状態も戻ってきたんですね。ブログ発信を再開し、お客様にも連絡し始めたら、「体調がいいときにでいいからお願いしたい」とポツポツと予約が入るようになったんです。

その時に「この仕事を絶対に手放さない・一生やるわ!」と強い決意が生まれました。一回もう駄目だと思ったけども、志や目標があったからつぶれなかったんじゃないかなぁ。全部リセットされて、V字回復で生まれ変わった感じでしたね。

大谷:私は、たったったと結婚はしたんですが、新婚旅行はイタリア!が夢だったんですね。旅行で生活が苦しくなるというのもどうかということで、1年後に延期しました。

飛行機に乗れなくなると困るので、1年間は何が何でも妊娠するものか!と。出会いから結婚も早かったので、夫婦二人での暮らしを楽しむ時間を選びました。

無事に旅行も行けて、そろそろ子どもをと考え始めて3~4か月くらいで妊娠しました。

その頃は週2~3日勤務の大学職員。自分の体と子供を優先したいと家族と決めました、と妊娠5ヶ月頃になる8月で退職しました。

さぁこれから楽しいマタニティライフだ!ヨガでも行こうかしらとワクワクしていた矢先、産院の先生から「切迫早産ですね」と告げられ、薬と自宅安静を余儀なくされました。人生で1度も入院もしたことがなかったんで、めっちゃビビりました。

入院かもと言われ続け、9月から生まれる1ヵ月前の年末までの4ヶ月を寝たきりで過ごしました。結果的に入院しなかったんですが、薬の副作用で動悸もするし、座っているのもよくないということで、ベッドで天井を眺める日々でした。

その頃は、4月にハートキーパーの会を法人化した1年目で、妊娠は想定内だったけど、寝たきりは想定外でした。

元々アクティブで、活動中のプロジェクトもたくさんあったので、ベッドから離れられないなんて私にとっては軟禁状態でした。

運転もできず、通院は父が送迎ですね。もともと動けた人が動けないということで、メンタルも連動して落ち込んでいき、よく高木理事長にも電話して、この世の終わりみたいな気持ちで泣いていました。

つらいよーとSNSに挙げると、電話できるよと言ってくださる方もいて、順番に電話して、どうにか気持ちを保っていました。

意地でも何かしたいという想いが捨てきれず、事業の構想を整理したりして、最終的には、寝たままノートパソコンを打って作業するようになっていました。

旦那さんは、もともと洗濯や掃除など一通りの家事はできる人だったのですが、料理は荷が重いということで、実家の母が作り置きを担当してくれました。

旦那さんもしんどかったと思います。おかげさまで、出産はとても安産でした。

ここでバースプランの話も。描いていたような出産ってできた?

上田:全く(笑)。お風呂に入ると痛みが和らぐと聞いていたけど、痛すぎて入れるか~!って。分娩台からお風呂までの距離もそんなにないけど、全然無理でした。

予定日より20日早く生まれたので、これから実家でゆっくりしようと里帰りして数日後でした。痛みに弱いタイプだし、心の準備も全くできていませんでした。

産院で、「まだ生まれそうじゃないから、一度帰って」と言われたんですね。動くのも痛いし、絶対帰りません!といって、嫌な顔もされたけどしがみついて入院にしました。そうしたら陣痛が進んでいきました。自分の身体で感じる直感って大事だと思いました。

大谷:わたしは綾子ちゃんの影響で、アロマを焚いていい雰囲気で、旦那さんだけ立ち合いするバースプランを描いていました。実家で夕方に陣痛が始まりました。昨年の冬、あの大雪の前日だったんです。

明日は大雪とわかっていたので、一応見てもらおうと母と2人で22時頃に夜間診療でみてもらったら、「まだっぽいですね、どうしますか?」と。

いやいや、どうもしんやろ!帰らないでしょってなって、私はそのまま入院し、母は初産だからまだ時間はかかるだろうと予想して、翌朝また来るるねと帰りました。

夜中一人で過ごして、不安で仕方ない顔してるんだろなと思って自撮りしたりしてみました(笑)。陣痛間隔の話は知っていたんですが、痛い時間がどのくらい続くのかがわからなくて検索してみたり。

何十秒~1分もないとわかって、そこからは「あいたたた・・・」と考えると思うんですけど、私は「終わる・終わる・終わる・・・」と念じて1回1回の陣痛を無数に乗り越えていくことにしました。

吐き気とか、身体ってこんなこと起きるの?ということがいくつもおきて、一番しんどかった時間は一人で乗り越えました。いつごろ家族を呼んだらいいかわからなくてスタッフさんに相談したら、夜勤でちょっと冷たい人で。機械つけてみます?といわれて装着し、そこから50分放置されていました。

結果をいつ見るのかも、いつまで続くかもわからない。ドキドキしながらナースコールを押して来てもらったら、「あ、もう5分間隔ですね。そろそろですね」と。いやいやいや!!私言わなかったら放置やったやんって。

マッサージのグッズやアロマなどは用意してきていたけど、何も持たずに機械をつける部屋に移動していたので、身の回りにあるのは母に渡された小さなタオルハンカチだけ。

旦那さんに連絡しようと携帯を取りに戻ろうとしたら廊下で動けなくなり、スタッフさんから連絡してもらいました。

到着して、ほどなくして分娩台へと移動して、4時間半のスピード出産でした。

出産は思い通りにはなりません。そんな感じだね。それと、身体とメンタルの影響はすごいあるね。この経験でメンタル強くなったと思う。

上田:ボディケアをたくさん勉強してきたけど、心と体のつながりの深さを、身をもって実感しました。

大谷:あやこちゃんは体、私は心のプロだけど、どっちもめっちゃ大事だね。

◆育児編

大谷:無事に身体が分離したわけだけども、その後の育児はどうだった?

上田:息子はとってもショートスリーパーだったので、昼も夜も30分おきに対応する生活でした。まとめて寝てくれることが少なかったので、4か月くらいでノイローゼ気味でした。

眠らないと、人ってこんなに精神状態が大変なんだってわかりました。周りにも当たり散らしていました。

そんな頃に、子供がいてもいいよというお客さんからの要望もあって、営業を再開しました。施術をすると「やっぱり仕事は私の癒しだ!」と実感しました。

迷ったけど、7か月で保育園に預け、ゆっくり眠りたかったのできっかり1歳で断乳しました。2歳からは、金沢市のファミリーサポートを利用して、夜の営業も少し始めました。

いまだにあまり寝ないけど、合間を見つけてはSNSで発信しながら、1歳くらいの頃はマタニティケアをどうしても学びたくて、妊娠中よりレベルの高い知識を学びました。

寝かしつけてから、夜中に勉強する生活が3ヵ月くらい。大変ではあったけど、育児のノイローゼより、目標ややる気があったので大丈夫でした。

大谷:仕事のことになると、職人だもんね。

上田:子供優先になるけど、自分を満たすことを怠るとうまくいかなくなるね。

大谷:まずは自分が一番大事。命に関わるところはもちろん子供優先だけど、子供はできないことが少し多いだけだもん。

うちは逆にとっても寝る子で、半年くらいまでは、夜寝たら朝まで起きない日がほとんどでした。1・2月は実家に里帰り、3月にアパートに戻り、4月から外出。子供を連れていてもいい場所・仕事をだけをやる形で復帰しました。

家でも外でも、子供のペースを優先しながらやっています。(このとき会場のBGMは息子の鳴き声で・・)今みたいに、泣くこともあるから、そんなセッションでお金をいただいてもいいのかなと思ったこともあったけど、いいって決めました。

それでも私に相談したいというお客様だったし、理解がある人たちだったので、授乳しながら座談会やセッションをしていました。

周りの人が助けてくれると嬉しい反面、私がママできてないってことなんでしょ?!と自分にイラっとした日もありました。

そのたびに、私は何が苦しいの?何が嫌だったの?と自分に聞いて、もっと奥にある本心を見つけていく作業を繰り返しました。

息子は、泣く・食べる・寝るというThe人間。そんな彼を見ていると、私ももっと自由でいいんじゃないかなと思えてきました。子育てとはいうけども、「お互いに人間育て」という感じですね。

私が子育てで一番大事にしているのが、「何もできないこども・私の分身」とは思わないこと。家族の一員が増えた、今は自分でできないことがまだ自分より少し多い人って思っています。

できないことを支え合うのは、夫婦でもやっていることだし、育児もその延長線上にある感じです。よく、お母さんもお子さんも落ち着いていて、一人目の子育てっぽくないねと言われます。

お客さんが理解してくれているっていうより、私たちの価値観に響く人しか来ないってことなんだよね。お互いにやりやすいしHappyだよね。

できないことを、仕方ない・諦めではなくて、制約条件の1つととらえて、どうしようかと工夫することも増えたね。

上田:ファミリーサポートも、出産時にチケットはもらってはいたけど、ちゃんと認識していなかったので、人から言われて使うようになりました。

名古屋の人と話す機会があったんですけど、有料の託児や病児保育の料金が全然違って驚きました。石川県がうらやましいと言われました。

大谷:テレビ情報ですけど、フィンランドでは子守は高校生のバイトなんだって。プロではなくて、顔が見える関係の近所の高校生。子供と接するきっかけにもなっているようです。

今まだ必要がなくて有料託児をしたことはないけど、主催している座談会では、参加者さんが抱っこしてくれるとか、身内でなくても頼っていいという発想は同じだと感じました。

また赤ちゃんと交流できることを喜ぶ人がこんなにいるんだとびっくりしてます。というのも、実は私、子供嫌いだったんです。今はそうでもないんですけどね。

◆未来編

大谷:育児をしながらの今後はどう考えてる?

30代って、選択や決断が次々とやってくるから大変だよね。まだ前半戦なんだけど、こうやって振り返ってみて、こんなに笑ってもらえる話でいい人生だなぁって感じています。綾子ちゃんはどう?

上田:今は自宅がサロンなので一人で仕事をしているんだけど、これからはもっと地域に出て人とつながっていきたいです。

ニュースで、平成27年~28年で、とある人たち102人が自殺をしたと聞いたんです。どんな方だと思います?妊婦さんと産後すぐの方だそうです。

私にとってはHappyなイメージがある時期だったので、めっちゃびっくりしました。中でも35歳以上の初産の方が多いそうです。

自分もそうだけど、実家が県外で旦那さんの帰りも遅いとなるとワンオペ育児になる。シプレーでは産後ケアもできるので、力になれたらいいな。

神戸の助産院が相談窓口をつくったところ、200件くらい電話がかかってきたとネットでも見ました。悩める妊婦さんってこんなに多いんだなって。そこをなんとかするには、まずは地域のつながりだなと。

大谷:顔が見えない人に相談ってなかなかしにくくて、私も昔メンタルを病んでいた時に、夜中の無料相談ダイヤルを利用したことがあったけど、「翌日、市民病院に行ってください」というおじさんの対応で、今苦しくて泣いているのに・・と思ったことがありました。

今は、一般の方よりはメンタルのことも勉強してきたから知識はあるけど、産後の時期にそんな自分でも「自分なんてだめだ」と考えてしまうこともありました。脳や体に何が起きているかが客観的にわかっていても、どうにもできなかった部分も経験しました。

学んでいなかったらもっと大変だったなとも思うので、自殺の人数にはびっくりする反面、そうなっちゃうよねとも。もったいない。

知らない人だから話しやすい悩み相談もあるけど、あの人になら打ち明けてもいいかなって思える普段からの関係が大事。困ったときからのご縁ではなくてね。

ハートキーパーの会も、心の保険みたいにしたいって思っていて、元気な時からご縁があって、いざもしものときには頼れる場所になりたい。

苦しいときの緊急搬送の場所ではなくて、普段から不調になりにくいメンタルづくりに意識を向けてもらいたい。ちょっと弱ってもあったかいお風呂に入ろうっていうようなコミュニティになれたらいいな。

女であり、ママであり、妻であり、嫁であり。だけど私たちは専門家でありたい。それがやりたくて「ワークアズライフ」な選択を選んできたところが、私たちの共通だね。

この先の私たち、見物ですね!

◆おわりに

大谷:私たちがこういう人生を選べたのって、旦那さんの協力なくしてあり得ないよね。

上田:結構好き勝手やって突っ走っていますね。授乳期はどうしてもママじゃないといけないこともあったけど、その期間が終わってからは自由にさせてもらっています。

旦那さんは日曜がたった1日の貴重な休みだけど、私は午前中だけ営業しているので、子守を任せています。

大谷:私も自分のお仕事の日は、父子同伴で来てもらうんですけど、そうなると彼の休みはつぶれて私のしたいことに巻き込んでいるんじゃないかって一時期思っていたんですね。

だけど、そうやって過ごすのが我が家の家族の時間なんでしょ?と言われてから、とても気が楽になりました。彼の休みを全部私の仕事日にするわけではないですよ。

彼が家族との時間を大事にしたいという想いを叶えながら、自分がしたいことをすることを許されているって、すごくありがたいなって。

まぁ、こういう場でもないと言えないので。(会場内で旦那さんが子守中)

これから結婚する人へ。

大谷:もし自分が活動的に動きたいなら、私たちみたいな理解のある旦那さんを選ぶことをおススメするし、自分がこれをしたい!という夢はないけど、夢を追いかけている人を応援するのが好きな人はサポートするもよし。

男だから、女だからと、家事や仕事を分担する時代はもう終わっていて、働きたい方が働けばいいし、パートナーシップでチームで夫婦をやっていければ最強かなと思います。

たまたま私たちは、働きたい女だっただけ。物理的に妊娠や出産など女性が担当するところはあるけど、基本的にはパートナーシップだよ。

で、パートナーシップに大事な「私はこうしたい」という意思を伝えあえる関係性が築けているのが、夫婦が一番うまくいく方法だと思っています。

あ、ぼっちゃんはすっかり寝ましたね。今日も平和です。

子供いるから仕事できないとか、結局関係なかった。やりたかったらやるもん。

上田:私もやりたいという気持ちがあふれ出ているので。

大谷:やりたいと思ったら、やれる環境も整ってくる。そんな流れもあるよね。

上田さん、大谷さん、素敵な話をありがとうございました!

<関連情報>

◆上田綾子さんのお店
 リラクゼーションサロン シプレー

◆大谷まどかさんのお店
 コミュニケーション相談室 レイディアント